市街地目前の大自然

出羽 慎一

photo  桜島の西端、袴腰。大正溶岩遊歩道の前の小さな入り江から海に入ります。目の前には鹿児島の市街地が広がりますが、その喧騒は聞こえず、イソヒヨドリのさえずりとさざなみの音だけが耳をくすぐります。フィンを履き、海中に身を沈めると、そこには陸上の景色からは想像もできない世界が広がっています。視界を埋め尽くすのは、ヒジキとマメタワラの海藻の森。波に揺れる海藻の森の木漏れ日の中には、ドロメの幼魚たちが群れて浮かんでいます。海藻の森を掻き分けて進むと、視界が開けました。海中に流れ込んだ溶岩が作り出した起伏のある海底は、一面のサンゴイソギンチャクの群生地。たくさんのクマノミたちが、私を上目遣いで見ています。直径1.5mもあるエンタクミドリイシの枝の間には、チョウチョウウオ類の幼魚たちが出入りしています。シコロサンゴはソラスズメダイの群れが暮らすマンション。コブハマサンゴに空いた小さな穴からは、マダラギンポの父親が顔を出し、穴の中の卵に盛んに水を送っています。海底の窪みは火山灰が堆積した泥地。カスリハゼとテッポウエビの細やかな共同生活をしばし覗き見します。突然、全速力で泳ぐキビナゴの大群に囲まれました。何かに追われているようです。群れの中に矢のように飛び込んできたのは、若いカンパチたち。数匹が束になってキビナゴに襲いかかります。入り江の浅瀬を抜けると、溶岩の海底は、一気に水深45mまで落ち込む崖となります。呼吸を整え、青い闇に降りていきます。水深30m、あたりに広がるのは、見渡す限りのムチカラマツの林。世界でここだけでしか見られないアカオビハナダイの大群が姿を現しました。婚姻色に彩られたオスたちが盛んに求愛のダンスを披露します。ムチカラマツの林のそばには色とりどりのウミトサカのお花畑。枝の間でアオサハギたちがかくれんぼをしています。突風のように強い潮流がやってきました。海底の岩にしがみつきます。聞こえてきたのは、ミナミハンドウイルカの声。姿は見えませんが、少しはなれたところで私を観察しているのでしょう。「ジジジジ・・」という探索音が肺に響きます。さらに深いところへ・・。水深50m。スキューバの排気音は金属音に変わりました。薄闇の中、目を凝らして進みます。水中ライトの光に浮かび上がったのは、2009年12月に新属新種として発表されたばかりのモモイロカグヤハゼの小群。艶やかな体色が暗い海底に輝きます。・・そろそろ背中のボンベの空気が残り少なくなってきました。頭上に見える太陽に向かって、浮上を開始することにします。                                  

水面から顔を出すと、眩しい陽光、おいしい空気、戻ってきた安堵感に包まれました。                                                 対岸には、60万人が暮らす鹿児島の市街地。たった今まで見てきた世界は夢の中の出来事のようです。街の目の前の海、錦江湾。その水面下には、今この瞬間にも、大自然の営みが繰り広げられているのです。

ダイビングサービス海案内
出羽 慎一
【プロフィール】水中写真家・ダイビングガイド。鹿児島大学大学院水産学研究科修士課程修了。2000年「ダイビングサービス海案内」設立。錦江湾をホームグラウンドとして、鹿児島県下の水中の撮影・調査ガイドを行う。著書に「桜島の海へ-錦江湾生き物万華鏡-」南日本新聞社刊。

鹿児島湾ブルー計画と錦江湾倶楽部

岩田治郎(いわたじろう)

鹿児島湾ブルー計画は,鹿児島県が昭和54年から取組んでいる水質保全計画で,現在,第4期計画を進めています。有機性汚濁指標の化学的酸素要求量(COD),富栄養化指標の窒素及びりんについて水質保全目標を定め,目標達成のために湾に流入する汚濁物質の量(汚濁負荷量)の削減対策や普及啓発に取り組んでいます。
湾は,南北約80km,東西約20kmで,桜島を挟んで湾奥部と湾央部に分割され,最大水深は湾奥部が200m,湾央部が237mで,すり鉢型になった典型的な閉鎖性水域です。流域人口は約88万人(うち鹿児島市が60万人),ブリ・カンパチの国内有数の養殖基地があるほか農畜産業も活発で,CODの汚濁負荷量の割合は,水産系31%,生活系27%,農林系24%,事業場系10%,畜産系8%となっています。このため,下水道や浄化槽の整備などの生活排水対策,養殖イケスの基数制限などの水産養殖対策,施肥量の適正化や家畜ふん尿処理などの農畜産業対策が進められています。この30年間で湾域の経済活動は拡大し汚濁負荷量は増加したものの,湾の水質レベルは,ほぼ横ばいで推移しており,この水質保全計画は一応の成果を果たしていると考えています。しかし,近年,湾域河川の水質は改善された一方で,河口海域のCOD濃度は悪化傾向にあります。海水温の上昇や栄養塩類の流入によるプランクトンの増殖が原因の一つと考えられており,現在,県では汚濁機構解明のための総合調査を行っています。
また,地域の方々による水質保全活動は普及啓発の中で最も重要な対策です。毎年,延べ約10万人の方々が清掃活動に参加されているほか,河川の環境パトロール,研修会や水生生物調査を通じた環境教育など様々な活動が行われています。県は,これらの活動を支援するため,平成20年4月に県の公式ホームページに,湾に関するさまざまな情報を掲載した「錦江湾倶楽部」を立ち上げましたが,さらに親しみやすく多くの方々に活用していただくために,今回,環境教育NPO法人「くすの木自然館」に依頼し独立したサイトとして運用することになりました。文字どおり「倶楽部」としての機能を十分発揮し,さまざまな環境保全活動に活用され,県民と鹿児島湾の距離を近づける架け橋になっていくよう願っています。

鹿児島県環境部参事兼環境保全課長
岩田治郎(いわたじろう)
【プロフィール】1973年鹿児島県庁入庁。水産試験場,公害規制課,環境管理課,地域政策課,環境整備課を経て,2005年県環境保健センター副所長,2006年環境管理課長,2008年現職